第2回 「通俗土木文庫 土方稼業」を読む


前回の「攻玉社」については、その「百年史」という性格上、どのような教育で技術者養成が行われたかは詳しくはありませんでした。その点については土木学会の「第9回日本土木史研究発表会論文集(1989年6月)」の「明治期の攻玉社―亀井重麿を中心として―」(長谷川)以下各回含めて7編程が見出されますので、稿を改めてご紹介したいと思います。

今回は、論文とはとても言えませんし、むしろ講談本のようですが、当時(少し下る)の建設業(土木)の様相を知る上で興味深い本を読んでみました。

通俗土木文庫 土方稼業』(松崎朴骨著 明治39年7月 精美館発行)です。

著者の経歴はよくわかりませんが、内容では【土方の小さな親分】と言っています。しかし、読んでみた感想では、その親分に話を聞いた誰かがまとめたのではないかという印象です。(この点については後ほど)

目次は次のようになっています。便宜上番号を振りましたが、原本には番号はありません。

1. 土方稼業の緒言 15. 水害防禦
2. 明治に於ける土方稼業の沿革 16. 土方平素の心得
3. 土方社会の組織 17. 土方の葬儀
4. 土方子分の盃 18. 土方稼業の興味
5. 土方兄弟分の盃 19. 土方請負業と土方稼業の関係
6. 土方親分は統御の権を必要とす 20. 土方稼業者の悪弊
7. 土方の武蔵業 21. 土方稼業の前途
8. 土方の祝日 22. 支那の鉄道幹線、西洋各国の暴横
9. 土方は深遠の技術を有する職人也 23. 支那国民の状態
10. 土方用材料運搬 24. 支那に於ける吾が土方稼業の前途
11. 土方用器具材料置場 25. 土方組合の必要及び組合規則草按
12. 土工用材料の善悪判定 26. 土工組合創立の順序
13. (セメント)及、代用石灰の善悪判定 27. 結論
14. (コンクリート)製法

まず、世間では「土方」という「職業」は、忌み嫌われているが、鉄道と言い水道と言い、誰の手によって造られたのか、と言います。ここがいわゆる土木学会等でまとめた土木史、土木技術史と違うところです。こうした史書(あえて書名は挙げませんが)では、トップ技術者(この時代でいえば帝国大学卒業後海外留学したような技術者)が造ったと書いてあります。現代でいえば、筆者が「あのトンネルを掘ったのは私だ」と言ったところで、「いや違う、掘ったのは俺だ」と、作業員の誰かに言われるようなものです。
本連載では、技術というものの、こうした思想のすれ違いを取り上げていきたいと思っていますので、どちらの言い分が「正しい」のかどうかの判断は、連載最後になると思います。この点は歴史学方面でも、いつでも問題になるようで、いわゆる「民衆史観」などが生まれる素地となっています。「歴史」に深入りすることは本連載の趣旨ではありません。
もう一度確認すると、私のような「トップ」とはとうてい言えない土木技術者はどのようにして生まれてきたのかを探ることにあります。

【いやしくも土方稼業者という名儀を持つものは、相当の経歴と技術を有する職人にして】(引用にあたって、原文は総ルビで、しかも旧字、当て字(と思われる)が頻出しますので、適宜筆者の都合よく訳し要約します)と、この本は始まります。この部分は目次の1.に当たるところで述べられ、そうして2.では次のように述べられます。
維新以前は、土木事業があっても、それは一地方にとどまるもので、技術者はいわゆる黒鍬者(本文では「九六鍬者」。著者も、【凡て土工の事は皆九六鍬の手に成されたので、立派の土木技師である】といっています)であり、作業するものはその地方の人夫、子分だけで行われた。このあたりを今様の解釈でいうと、発注者監督は武士で、受注者監督及び作業者の世話役(このあたりが、私と同じような役割でしょうか)は黒鍬者、作業者は土地のお百姓などを動員しての土木事業であった、というような具合です。ですから、いわゆる著者のいう「土方稼業」という「職業」はなかったことになります。

それではどうして生まれたのか。著者は次のように言います。
明治以前は警察権があいまいで、いわゆる侠客(幡随院長兵衛などです)がその方翼を担っていたような感があったが、維新となりそれもなくなった。同時に、土木事業は一地方のみでなく全国規模となってきた(中央集権国家です)。土木事業は労働集約的事業であり、多くの人を動員しなければ成り立たない。侠客は【浮浪者を統御するが上手だ、仲々勢力の有りたるもの故に、前述の九六鍬稼業者と結付て土木事業に従事する事になりた】というわけです。【俗に金筋土方と云ふのは侠客からきたやつで、素人土方と云うやつは九六鍬の方から来たものと考えまして、當りを得ない事はないのである。】と、されます。(注:差別的表現であると思われますが、何分明治39年の本ですから、ご容赦願うこととします)まあ、こうした経緯で、土方稼業には、親分・子分の関係が残ったというわけです。

そうして、目次の3、4、5、6、7、8(「武蔵業」とは「武者修行」のこと)から16、17、18と続きます。9から15までは、いろいろな場面のノウハウに触れています。このあたりは、他の部分と少し違和感があり、例えば【煉瓦の如き土管の如き焼物の判断は、たたきて音の善悪により、可否を知る事が出来る、即ち打てば金音を発して、水分を多量に吸収せざるを可とす、濁音を発するものは、中に焼きずあり、余り水分を吸収するものは、「かすてら」焼きなり。】など、具体的すぎるような記述もあります。もっとも、これなどは今でも通用するノウハウです。
【「コンクリート」は、一箇の仕事を何回にもするを嫌う、これは何回にもすると、力の違ふ点が一の仕事に出来ますから、後に至りて亀裂を起こす原因となる】などは、コールドジョイントのことをいっているのかもしれません。
さらに、【土方の仕事に於いて土を掘り是を運搬する事が、立派に解釈できたら、私の考へでは大博士と云うて差支えなかろう】など、今も通用します。何しろ建設業は「運搬・組立業」ですから。このようにして、【土方は深遠の技術を有する職人也】ということが、幾分、土木工学を学んできた技師に対抗する形で語られます。
【立派の技師などと云うても其の先生の引きたる図面を以て、実際の仕事に當ると、鉛か餅でなければ、石や煉瓦では、とても出来ない様な場合もある】とは、今問題になっている現場条件を考慮しない設計のことではありませんか。しかしながら【土木業に於いての学者学説を馬鹿にする風があって実によくない】のは【一体日本の学者が、実地家を馬鹿にする傾きのある反抗】ではないか、などとも言っています。

一転して22.からは、中国への進出に触れています。この時代、日露戦争が終わったばかりですから、その時代背景もあるのでしょうが、賃金が安く労働力が豊富であるから土木事業には有望であるといった、まさに建設業の大陸侵略的な妄言が始まります。「日本土木建設業史」(土木工業協会・電力建設業協会編 昭和46年)を読むと、海外進出が「戦争の際の軍夫供給請負」として始まったとありますから、そのことから来ているのでしょう。いずれにしても、急に著者が変わったような筆致になります。(冒頭、誰かがまとめたのではないかと書いたのは、このあたりからの印象です)このあたりは本欄と関係のないことなので、今回は省略します(いずれ、この点にも触れないといけないとは思っています)。

こうして、著者は結論的に土方は教育の普及により【今日までの状態の如く無教育の無頼漢、又犯罪者の集合にあらずして立派な労働者の集合】となりつつある、将来は【高き賃金を払うか、他の野蛮国の人間を雇うか、器械力を持ちて人力に替ふる手段を取るかの方法】によらなければならず、【既に西洋の文明国の土方稼業者と云うものは、此の時期に来て】いると言います。

明治の後半において、近代土木が開始されて40年にならんとしている時代において、本書のような内容の書籍が発行されていることも驚きですが、現在、建設事業の内在する諸問題の幾分かは、この時代から解決を見ないできたというのも驚きです。
私のように建設業の中で長い間過ごしてきた者としては、技術者としての矜持をずっと持っていたと思うのですが、3K、6Kと言われたつい最近まで、建設界以外の人々にとっては、建設界は、この時代と変わらぬ認識であったのでしょう。笑い話としてかどうかわかりませんが、親が子に建設現場で働く技術者を見せて「しっかり勉強しないとあんな人になるよ」と言ったという話が、マスコミで流れた時期もありました。「土建国家日本」などという言葉を、平気で使用する評論家が、実際いるのですから、もしかすると本当であったのかもしれません。

以上のように、「土木技術者」の始めを解きほぐそうという本欄のテーマからは、少し外れますが、「始め」の時代を共有していた人の認識を知る上では、貴重な文献であると思った次第です。先の攻玉社、近藤真琴の言をもう一度思い出します。
「世間には自分より余程学識の進んだ諸先生がいらっしゃる。しかし金にならないことや、土方などといって賤められる土木のことは皆いやがっておやりにならない。自分の考えでは、土木は日本の国としては是非必要である。どおだ、皆でこの方面の研究をやってみないか。」
なにか、徐々に、土木技術者の発生背景が見えてきています。

なお、本書『通俗土木文庫 土方稼業』は、古書店目録にも見えますが、かなり高価です。古書収集を考えておられる方は別として、私にはちょっと手が出ませんでした。私は、「国立国会図書館 近代デジタルライブラリー」で読みましたので付け加えておきます。


第3回へ

第1回へ

表紙へ戻る
 

HOME 

Copyright (C) 2005-2011  (有)水野テクノリサーチ