土木の本を読む 技術士(総合技術監理部門・建設部門)が、折にふれて読んでいる本を紹介するページです。と言っても専門書ではなく、土木界全般に関するものを対象にしています。単に紹介するだけではなく、それらを通して土木の現在を考えていくつもりです。


土木界が危機を迎えています。公共事業の予算が減ったとか、それに伴い建設業の倒産が増えたとか、危機の様相は様々ですが、もっと奥深いところで、本質的危機、すなわち土木の消滅が進んでいます。土木界を担う人の減少が止まりません。土木は労働集約産業ですから、少子化の影響を受けるのは当然ですが、それ以上に、土木の「技術」を継承しようとする人の減少が止まりません。大学入試では土木工学科希望者の倍率が下げ止まったなどと言われていますが、本当でしょうか。よく聞かれることに、大学を出ても現場勤務の希望は少なく、研究や設計を志望する割合が増えていることがあります。それはそれでよいのでしょうが、その付けとして、現場の管理が弱い部分になり、事故や品質低下になってきてはいないでしょうか。
土木は現場にあるとは、もう言い古された言葉ですが、考えてみれば多くの現場でいわゆる監督をしている人たちは、決して大学や大学院卒業生だけではありません。それ以外の学校や、学校でも他の科目を学んできた人たちにもお目にかかります。土木は経験がものを言いますから、しっかりと現場で学べば、それはそれで、大学であまり勉強しなかった、現場嫌いの人よりはよい監督者、施工管理者になるでしょう。それは、土木に限らず、技術のある側面を表しています。そもそも、明治までは土木技術者と呼べる人たちはいなかったのですが、立派な堤防を築き、橋を架け、お城を作ってきました。その監督者は武士であり、黒鍬衆・穴太衆の長たちでした。
ここに問題があります。土木は、この世の中にない新しいものを創造することは少なく、現にあるものを組み合わせて目的に合わせて役立つように作り上げるものですから、極端にいえば人がいれば成り立つのです。では、少子化で人がいなくなったらどうなるのでしょうか。しばらくの間は、目に見える変化はないでしょうが、船頭さんだけになったとき土木という船はどのような方向に進むのでしょうか。

そもそも、近代国家が、個別の技術であったものを、無理やり土木という器に入れたことの矛盾が今出てきているので、今後は土木という大くくりな技術は消滅していく、という論があります。
恐竜が鳥に進化して生き延びたように、土木もまた「何か」に進化して生き延びるのでしょう。私などはさしずめ、進化から取り残されたシーラカンスのようなものなのでしょう。シーラカンスは好きですから異論はありませんが。

ということで、「歴史に学べ」ではありませんが、恐竜の発掘のような作業をしてみることにしました。日本における土木技術者の起源、それも私のように民間で育った技術者の起源がわかれば、これからシーラカンスになるのか鳥になるのかも、少しは判るかもしれません。
後で書くように、土木史の本はごく少なく、しかも綺羅星のごとくすぐれた技術者・学者・教育者が並んでいるものばかりです。工事もまた、インフラストラクチャ―の根幹をなす、困難で巨大なプロジェクトがほとんどすべてです。
本欄では、なるべくそれから外れたものを取り上げようと思います。自然、土木とは関係の浅い本も取り上げることになるでしょう。

前置きはこのぐらいにして、ゆっくりと始めたいと思います。
 

では、ここからどうぞ。

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