千葉神社

前々回訪ねた千葉の続編です。

(千葉市の名の起こりは、桓武天皇の子孫で下総の国に拠った千葉氏にあります。千葉氏の祖は、将門の叔父の平良文だといいます。となると、わが平将門とも因縁浅からずというか、同族であり、相馬氏とともに本欄のメインテーマとなります。(前々回より))

千葉神社は、今でこそ「神社」ですが、もともとは千葉氏創建の妙見寺といい、前回触れた妙見信仰からのお寺だったのです。
筑波山神社もそうですが、もとはお寺で、明治期の神仏分離で神社となったところがたくさんありますから、知るにつれてちょっと戸惑います。

写真のように、ずいぶん新しい色をしています。これは、平成2年に再建されたものだそうです。
私などは、古いままのほうが訪ねて行くのが楽しいのですが、信仰は現代にも続いていますから、日々新たになっていくこともまた必要なのでしょうか。
この日は、親子連れで、合格祈願においでになった方々が多くおられました。中には、菅原道真候もお祭りされていますから、そのためでしょうか。

というわけで、あまり記述することはありませんので、今回は写真をゆっくりとご覧ください。
何しろ、千葉神社の祭礼は、千葉のだらだら祭りとして有名で、以前は7日間にわたって全市を挙げての祭礼であったそうですから。

写真1 千葉神社の碑

写真2 鳥居の方から望む

写真3 門です 

写真4 門の内側

写真5 社殿

写真6 境内にはいくたりか他の神様がおられます

写真7 弁天様

写真8 学問の神様菅原道真の千葉天神

写真9 いろいろな神様のおわすところ

写真10 妙見様のお使いの亀

写真11 妙見延寿の井

この神社の南側に公園がありますが、そこが「大日寺」の跡で、空襲によって焼け、引っ越したそうです。焼け跡から「康永3年下総国相馬郡安楽寺」銘の梵鐘が発見されたといいます。安楽寺は、今は茨城県竜ケ崎市にあるそうで、平貞盛創建だそうです。将門の怨敵ですね(「千葉県の歴史散歩」山川出版社)

 

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