千葉県柏市布施弁天

赤松宗旦の「利根川図志」に【布施は江戸より松戸小金を經て、水海道へのゆくてなり】(参照は「岩波文庫」版)とあり、今では利根川に新大戸根橋(有料)が架橋されていますが、その柏市側の東近くに布施弁天があります。
「利根川図志」では続けて【田中に孤山あり。古は湖中の島なりとぞ。辧才天を祀る】とあるようにこの一帯だけ少し小高くなっているようにみえます。
【然るに承平年中、将門の兵火に遇いて衰廃す。經基王武蔵守となりて箕田ノ城に住する時此處に来り、(中略)天慶三年二月、将門伏誅の後この寺を再興し】と、将門歩きには逃せない場所のようなので行ってきました。

布施弁天 文化財指定票石

写真1 布施弁天(紅龍山松光院東海寺)

写真2 千葉県指定有形文化財(建造物):平成18年3月14日指定

道路を挟んだ駐車場からの眺めが写真1です。【大同二年七月七日の朝、湖上に紅龍現れ、一の塊(つちくれ)を捧げて島を作る】(同)という感じが見て取れます。大同二年と言えば807年のことですから、将門の時代を130年もさかのぼったころです。
左側の楼門、奥で見えませんが本堂、それに鐘楼が、千葉県指定有形文化財になっています。日付がずいぶん新しい感じがします。
楼門表 楼門裏

写真3 楼門(最勝閣) 

写真4 楼門(境内側から)

まるで竜宮城の入口のような楼門は、文化7年(1810年)の建立で、軒下には、竜、麒麟(きりん)、亀、松、鶴といった素木造りの彫刻がはめ込まれているのが特徴だそうです。実際、写真4のようにかなり手の込んだ細工が見て取れます。
【建築の大工棟梁は、布施村の藤十郎という人物でした。このような重圧な建築のできる名工がこの地域にいたということは注目されます。】と、「千葉県教育委員会・柏市教育委員会」の説明板に書いてあります。
楼門1階には四天王もいます。

四天王(左:多聞天、右:持国天) 四天王(左:増長天、右:広目天)

写真5 四天王1(左:多聞天、右:持国天)

写真6 四天王2(左:増長天、右:広目天)

写真7〜8は、鐘楼です。以下、教育委員会の説明を引用します。
【鐘楼は、棟札によると文化15年(1818)の建立です。八角形(一辺11.4尺・3.4メートル)の石積基壇(基礎)の上に、十二角形に柱を建て、周囲に円形の縁を巡らし、その中央に鐘を吊り下げています。屋根は銅板葺きの入母屋造で、軒下には十二支などの彫刻が配置されています。下から八角形の基壇、円形の縁、十二角形に配置された柱という組み合わせとなっており、非常に独創的な形の建造物となっています。装飾に多くの彫刻が使われている点とあわせて、近世の寺社建築の多様なあり方を示しています。設計にあたったのは、矢田部(現茨城県つくば市)の名主 飯塚伊賀七、大工棟梁は今関嶺蔵です。伊賀七は「からくり伊賀」といわれるように、当時としては奇抜な木製和時計や五角堂など数々の品々を発明し、この鐘楼の設計図も手がけています。】

鐘楼 鐘楼

写真7 鐘楼1

写真8 鐘楼2

トップヘビーで少々不安定な感じもします。下から見上げた角度なので写真ではよくわかりませんが、釣鐘もみえます。こちらも、かなり手の込んだ細工がしてあります。
説明文にある「からくり伊賀」の五角堂は、つくば市に行けば見ることができるようです。木製和時計は谷田部郷土資料館に複製があるとのことなので、いつか行ってみましょう。

本堂 本堂裏手

写真9 本堂1

写真10 本堂2

写真9は本堂です。写真10は本堂を裏手から見たものです。
以下、再度教育委員会の説明板を引用します。
【本堂は、享保2年(1717年)に建立されたもので、桁行(間口)5間(38.5尺・約11.6メートル)、梁間(奥行き)6間(42尺・約12.6メートル)の規模となっています。屋根は、入母屋造(いりおもやづくり)で、正面の屋根に突き出すように据破風(すえはふ)を設け、正面の軒には3間分の唐破風(からはふ)付きの向拝(こうはい)がつくられています。屋根は本来、茅葺きであったものを、現在は茅葺形の銅板葺きに変えられています。(後略)】

三重塔 利根川遠望

写真11 三重塔

写真12 利根川遠望

写真11は、本堂裏手にまわって先の鐘楼を振り返ったところですが、少し小ぶりの三重塔があります。とくに説明板などはないようなので、比較的新しいものなのかもしれません。
本堂裏手から、利根川、筑波山がよく見えます(写真12)。

なお、弁財天だけの訪問になってしまいましたが、写真9本堂の左手にはお寺の本堂があります。全体で「紅龍山布施弁天東海寺」というのだそうです。
また、私が冒頭で引用した「利根川図志」岩波文庫版は柳田国男校訂のもの(1938年第1刷)ですが、埼玉県立図書館のサイトでは安政2年版を見ることができます。

以下、おまけ。

駐車場わきに狭い面積ですが小高くなった場所(土塁?)があったので入ってみました。鳥獣供養塔や石造物が点々としていました。

土塁? 鳥獣供養塔

写真13 土塁?

写真14 鳥獣供養塔

予備知識がないのでよくわかりませんでしたが、時代も将門の時代とはだいぶ離れているので、またの宿題とします。

石造物 天保3年銘

写真15 石造物

写真16 天保3年銘





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