般若寺(土浦市)と宍塚大池

 平将門はほとんど伝説でできあがっている人物で、実在はしたものの、事績などは何とも確証のないものばかりです。さらに将門の縁者や一門の伝説となると、時代も場所も自由奔放に経巡るため、何カ所もお墓があったり、そこにしか名の見えない子供がいたり、まさに伝説そのものです。しかしそれが、私のような研究者とはいえないただの探訪者にはおもしろい点です。

 茨城県土浦市の西方、つくば市との境近くの宍塚に真言宗豊山派「龍王山般若寺」というお寺があります。何度かこの探訪記で参考にさせていただいている、『平将門伝説』(村上春樹著 汲古書院2001年)の235ページに

【般若寺 土浦市宍塚 天歴元年(947年)二月二四日、平将門の次男、将氏の娘、安寿姫の開基と伝えられる。※これは、山椒大夫伝説との交流と考えられよう。】

とありますので、何はともあれたずねてみました。

 ここは以前訪問した「上高津貝塚」から北へ約1.5kmのところで、県道土浦境線の宍塚宿信号を北に少し入ったところにあります。隣は宍塚小学校です。
 私の参考書には上で引用したことで全部でしたので、『将門伝説』(梶原正昭・矢代和夫著 新読書社1975年)も読み返してみましたが、見あたりませんでした。(ちなみに、村上先生は、梶原、矢代先生らとの「古典遺産の会『将門記』研究会に参加しておられたとのことです)

 そこで予習としては、これも毎度お世話になっている『茨城県の歴史散歩』(茨城県地域史研究会編 山川出版社 2006年)を読むことにしました。これには、先に引用した紹介と同じような説明もありましたが、【・・・安寿姫の創建とされるが、寺の造営が本格化したのは鎌倉時代中期以降、律宗の僧忍性らの東国における布教によるものである。】と、歴史に戻っています。

般若寺

般若寺

 お寺はごらんのように車で走っていては見過ごしてしまうようなたたずまいですが、お隣の宍塚小学校のホームページによれば、「土浦市の文化財の宝庫」といわれているのだそうです。

般若寺の梵鐘

般若寺の梵鐘

 上の写真がその一つ「銅製梵鐘」で、国指定重要文化財(大正9年8月16日指定)です。
 高さ115.2p、外径68.2p、内径62.5p、真言律宗である西大寺叡尊の弟子源海(忍性と同弟)の勧進で1275年(建治元年)鋳造したもので、鋳物師の丹治久友は東大寺・真言院吉野蔵王堂の鐘のほか、鎌倉大仏にも携わったことで名高いそうです。常陸3古鐘というものがあり、その1つ(ほかの2つは、同じ土浦市にある等覚寺の銅鐘、潮来市の長勝寺の鐘)だそうです。

 予約もしないで訪問したため、ご本尊を拝むことはご遠慮させてもらいましたが、お庭と近くの墓地を(勝手に)見学しました。『茨城県の歴史散歩』に、境内に結界石があり、【表面に「大界外相」、裏面に「建長五(1253)年癸丑七月二十九日」と刻印されている】とあったのですが、残念ながら下のように衣にくるまれていたため文字を読むことは出来ませんでした。

結界石

結界石

 また、石塔なども多くあり、全体としてはとても古いお寺であることが実感できました。(五重の塔があったと書いてある瓦も出土しているそうです)
 何カ所かの写真をご紹介します。

六地蔵石幢 菩薩?

 

 ここ旧宍塚宿には、「上高津貝塚」との中間地点に「宍塚の大池」というため池があり、周辺の里山の景観を保存する運動が行われています。天気がよかったので、大池にも行ってきました。

宍塚大池

宍塚大池

 

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