茨城県指定史跡「十五郎穴(じゅうごろうあな)」

常磐自動車道を北上して「友部ジャンクション」から北関東道路に入り,「ひたちなか・インターチェンジ」の料金所を出るとき,左側を見てください.かなたの小高い台地の側面の崖に,なにやら穴があいているのが見えます.
この台地はやわらかい凝灰岩で出来ており,以前は部田野石(地名:ひたちなか市部田野)として利用されたこともあるそうです.有名な(陥没事故でより有名になった?)栃木県宇都宮市の大谷石と同類で,比較的簡単に穴が開けられます.
凝灰岩は細かな火山岩の破片からなる地層が固結してできた岩です.日本列島の中新世は火山活動がさかんで,この活動の多くは海底でおこったため,火山岩が海中に堆積し,その後地中に埋もれて緑色の変質鉱物を生じました.
凝灰岩は加工が容易なため,古墳時代から各種の石棺や石槨,横穴式石室などにひろく利用されました.
実はこの穴は,茨城県史跡に指定されている横穴墓群なのです.

十五郎穴

茨城県指定史跡(指定年月日昭和15年3月11日)「十五郎穴」はひたちなか市中根3490-イ の民地内にあります.
古墳時代末から奈良時代(約1,200年前)にかけて造られた横穴墓群で,江戸時代からその存在が知られていたといわれます.横穴墓は,遺体を埋葬する玄室,玄室へ通じる羨道(せんどう),入り口前の前庭部に分けられ,凝灰岩の崖をくり抜いて造られています.

十五郎穴

十五郎穴

くり抜かれているのがよくわかります.
この場所には34基があり,これが史跡指定を受けているのですが,他にもいくつかの支群に分かれて分布しており,これまでに百数十基が確認され,総数300基を超えるといわれています.
横穴墓からは人骨のほか,須恵器,直刀,勾玉(まがたま),切子玉など多数の副葬品が出土しているそうです.また,「十五郎穴」という名称は,曾我兄弟の十郎・五郎がここに隠れ住んでいたという,地元に伝わる伝説に基づいている,と聞いていたのですが,教育委員会の立てた案内板には,「この地に十郎 五郎なる人物がすんでいたという伝承から生まれたということです。」となっています.果たして…….

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