上高津貝塚(土浦市)

 前回の土浦市を少しつくば市方面に行ってみました。茨城県土浦市大字上高津1843番地にある「上高津貝塚ふるさと歴史の広場」です。

 上高津貝塚は、土浦市の西部、上高津・宍塚地区の台地上にあります。ここは、関東地方を代表する大規模貝塚として、1977年(昭和52年)貝塚全体の4.4ヘクタールが国指定史跡となっています。
 貝塚は東側の斜面から北側をめぐって西側の斜面へと続いています。今でも表面に無数の貝殻が見えます。
「上高津貝塚ふるさと歴史の広場」には、考古資料館があり、常設展示室・体験学習室・展望室などがあります。
この日は日曜日でよい天気のためか、家族連れが目立ちました。

下の写真が「考古資料館」です。

  

 また、貝塚の一部を切り取り、その断面が見えるように整えた施設もありました。
同じような施設は千葉市の賀曽利貝塚にもありましたが、こちらはそれと比べると少し小振りです。
 

          

  内部をのぞいてみました。

 

あたりの眺めです。2枚の写真の間が少しだぶっていますがご容赦。うっそうとしています。

 このむこうに、「宍塚の大池」があります。今回は時間の関係とテーマ(史跡)の関係で訪問しませんでした。

 広場駐車場の近くに、東台古墳群(土浦市木田余)第13号墳の箱形石棺が移設して復元されています。この中からは成人の骨3人分と鉄刀、鉄の鏃、小刀、玉類などが1987年(昭和63年)に発掘されたそうです。

   

 この貝塚は、1906年(明治39年)作家江見水蔭(えみすいいん:考古SFなどの作家。『地底探検記』(明治40年博文館刊)、『探検実記 地中の秘密』(明治42年博文館刊)、『考古小説 三千年前』(大正6年実業之日本社刊)は、江見の考古三部作といわれる)の、「探険実記 地中の秘密」で紹介されて知られるようになり、1930年(昭和5年)大山史前学研究所、1953年(昭和28年)慶応義塾高校考古会、1968年〜1969年(昭和43〜44年)慶大・東大、と発掘が行われたそうです。
 この貝塚は主にヤマトシジミで形成され、鹿猪鴨の骨、魚骨、土器等が出土しています。

また、「上高津貝塚ふるさと歴史の広場 第10回企画展」として
「土浦の遺跡8 発掘された土浦城―地中に眠る知られざる歴史―」
が行われています。
会期:2004年10月2日(土)〜11月28日(日)
会場:考古資料館特別展示室
休館日:毎週月曜日・10月12日(火)・11月23日(火・祝)
                                      

 

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