笠間稲荷神社 (茨城県笠間市)

一年ぶりの更新となってしまいました。あけましておめでとうございます。

少し手が空きましたので、初詣に行ってきました。日本三大稲荷のひとつといわれる茨城県笠間市笠間稲荷神社です。正月三が日だけで80万人が訪れ、年間300万人以上が訪れるという、茨城県トップの神社だそうです。

笠間市は2006年3月19日に旧笠間市、旧西茨城郡友部町、同じく岩間町の1市2町が合併し、新笠間市となりました。(私はこの友部町に住んでいたことがあるのですが、新笠間市の市庁舎は旧友部町に置かれています。)

笠間市には、このシリーズとしては稲田の西念寺、もう一つのシリーズでは石の百年館を訪問しています。また、笠間日動美術館は何度も訪問しています(今回も脇の駐車場に車を止めたため、帰りに訪問してきました。)が、初詣としてはそれこそ初めてです。

笠間稲荷は、JR笠間駅からはちょっと離れているので車で行きましたが、神社周辺には駐車場は多くなく、笠間小学校の校庭も臨時の駐車場になっていました。笠間小学校は、笠間藩の藩校、時習館の跡です。

笠間藩は、忠臣蔵でおなじみ赤穂浅野家が城主であった時代もあり、大石内蔵助の曾祖父の屋敷跡などが史跡として残っています。また、咸臨丸の航海長や鉄道の黎明期にあって路線の調査測量をした小野友五郎の出身(その才能を見込まれて幕臣となった)で有名ですが、これらの点については又改めて何かで触れたいと思いますので、今回はリンクだけにしておきます。

さて、笠間稲荷神社です。リンク先の神社ホームページによれば、その由緒は、創建は、社伝によれば第36代孝徳天皇の御代、白雉2年(651)と伝えられ、その後寛保3年(1743)に時の笠間城主井上正賢により社地社殿が拡張され、又延享4年(1747)牧野貞通が城主となるや先例により祈願所と定められ、境内地・祭器具等が寄進された、ということです。昔、このあたりはクルミの木が密生していたということで、胡桃稲荷などと呼ばれてもいます。名物いなり寿司のなかに胡桃が入っていたりもします。

写真1は、ちょうど一の鳥居の前、参道への入り口の様子で、当日は歩行者天国となっていました。門前の建物にもかなり古色を見せる店があり、写真2はそのひとつ、「幸せだんご」のお店です。

 
写真1 門前通り(2017年1月2日撮影) 写真2 幸せだんごのお店(2017年1月2日撮影)

写真3は、大鳥居です。以前は御影石(笠間市稲田は、先のリンク先でおわかりのように、日本有数の御影石の産地)であったのですが、地震により破損し、ほかの鳥居も2011年3月11日の東日本大震災で損傷を受け、すべて撤去されていました。2016年10月9日に、今度は鉄製で再建されたものが、この鳥居です。この色を、拝殿や楼門と同じ「笠間朱色」というのだそうです。高さはそれまでの7.5メートルから約10メートルへ大きくし、総工費は約9千万円だということです。

写真4は、楼門で、ごらんのように大勢の人々がお参りに向かっています。

 
写真3 大鳥居(2017年1月2日撮影) 写真4 楼門(2017年1月2日撮影)

写真5は本殿です。右に藤棚が見えます。境内の2株の藤は樹齢400年といわれ、昭和42年に県の天然記念物に指定されています。1本の八重藤は花が葡萄の実のように集合して咲く珍しい種類だそうです。

ほかにも笠間稲荷美術館など見たいところは多いのですが、何しろ初詣ですから、参道左右にある仲店を通って帰ってきました。(仲店の何件かは店を閉じたままでした。気になりました。)

最後に写真6はおまけです。焼き物(笠間は陶器の町としても有名です)を売っているお店「コーヒー絵馬」の前にあった少し古い郵便ポストです。いいですね。

 
写真5 本殿(2017年1月2日撮影) 写真6 郵便ポスト(2017年1月2日撮影) 

今回は散策というより、慌ただしい通過だけでした。

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