真壁城(桜川市)と雛祭

 前々回に桜川市真壁の町並みと真壁城址を訪問しました。このときは季節が違っていた(ゴールデンウイーク)ので町並みを見て回っただけでしたが、実はこの町は民家が所有する雛飾りを雛祭り前の約1ヶ月店先や玄関先に公開していることでも有名です。そこで、今年の雛祭近くに、再訪してみました。

 雛祭の人出   各時代の雛人形

 このイベントは、最近ではいろいろなところで行われていますが、真壁は5年目だということで、さすがに人出はは多く、観光バスが何台も町の駐車場に到着していました。雛人形はさすがに昭和時代のものが多かったのですが、中には江戸時代のものもあり、その変遷、特に冠の形が変化してきているのがよくわかりました。上の右側写真のように、その家に伝わる何代もの雛人形を飾られているところもあり、それを拝見できるのは、大変おもしろい経験でした。

 さて、前回ご紹介出来なかった真壁城址に、今回は足を伸ばしてみました。

 真壁城址から最近の発掘で出土した遺物などが郷土資料館に展示されていたのでそれもみましたが、草履などの日用品で、研究者にとっては貴重なものなのでしょうが、あまり感激するものではありませんでした。
 現在は体育館が建っているすぐ脇に、木の看板があります。

真壁城本丸跡

 「真壁城本丸跡」とあります。真壁氏は桓武平氏の流れですから、本連載の主人公平将門とまんざら関係がないわけではありません。とはいっても、真壁城は、承安2年(1172年)真壁六郎長幹によって築かれたといわれていますから、どちらかというと将門よりは本連載でのもう一つの流れ、南北朝争乱の方に近いのです(六代幹重の時、北畠親房方に味方し、北朝方に攻められて落城した)。
 この地は国指定史跡ですから、上の写真の看板ではすこし不満が残ります。体育館を建てるときにだいぶ荒らされているようですが、発掘調査は何年も継続しているようです。ゆっくりとその全貌がわかるのを楽しみにしていましょう。

平成6年碑  昭和10年碑

 それにしても、上の写真を見てください。右側は昭和10年の碑で「皇紀2593年」とあります。「史蹟真壁城址」です。左側は平成6年(この年12.5ヘクタールが国の史跡に指定)のもので「国指定史跡」です。同じ場所に同じような碑を建てなくてもよいものをと思いますが、いかがでしょうか。

 下の写真は真壁城址から筑波山西方を眺めたところです。近くに山があるのに平城を築くには訳があるのでしょうが、近くの小田城といい、関城といい平城です。素人の感想はこんなところですか。

北方の山波
 

 

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