将門遺跡あれこれ

 常総の史蹟を、平将門の伝説と史蹟中心にめぐってきましたが、今回はアラカルト的な一編です。
 茨城県取手市市之代は小貝川の右岸に位置し、稲豊橋で伊奈町(最近、この町に「ワープステーション江戸」という歴史公園がオープンしました。
NHKの大河ドラマのロケーションが行われて話題を呼んでいます)と連絡しています。この橋の近くに市之代古墳群があり、小さな標柱が建っています。


 この地に写真のような石碑があります。「将門土偶之墓」と読めます。

 多少傾いていますが、ちゃんと建物の中にあり屋根もあります。地元の人のお供えの跡もみえて、大事にされているのがわかります。
 これは「取手市郷土史資料写真集」(取手市教育委員会・取手市郷土文化財調査研究委員会:昭和
47331日発行)の74頁に以下のように紹介されています。
 『明治
711月道路改修の際破甕発掘。中に身に甲冑を纏たる如き粘土の偶像あり容貌奇異なり笑ふが如く怨むが如き一騎の兵士なり古考の口碑に徴するに西暦939年天慶2年平将門叛し島広山の支城て戦い平貞盛藤原秀卿(筆者注:「郷」の誤か)等に殺さる。爾後残卒の死屍を島広墟に葬ると雖も同装たる土偶を見るものなし。其一隅を島広山の北なる(市ノ代村)字古沼の所に埋没し霊魂の冥福を祈ると云う。』
 ただし、同書にある位置案内図では上高井に記してあって現存場所とは異なっているが、文中に市ノ代村とあるから、図の表示が間違いであろうと思われます。

 このように、土偶や甲冑が発掘されたとき平将門一門の遺骨であろうとの伝承地はこの地方に多く見られます。
 一例に今回写真はありませんが、「身近な土木」シリーズでご紹介した岡堰のある茨城県藤代町岡には「仏島」と呼ばれる遺跡があり、ここは武者の土偶や土馬、人骨などが発見されて、将門の墓ともあるいはその武器を埋めたところとも云われています。其の背後は平将門の城跡と言われ、また桔梗姫の御殿のあった朝日御殿跡とも云われる大日山です。

 取手市のとなり、このシリーズおなじみの守谷町、常盤新線守谷車両基地近くに沼崎山松樹院永泉寺があります。

写真のように立派なお寺で、延歴元年(782年)創建と伝えられ、現在は浄土真宗ですが始めは天台宗で天正元年(1573年)に改めたと言われています。このお寺の紋は、下の写真の通りまさに平将門ゆかりの九曜紋です。
 このお寺には「沼崎山畧縁起」が伝わり、其の中には、『将門が誅に伏したとき、その遺族、残党が将門及び七人の影武者の土偶を造って、祀ったのがこの寺の始まり』(「守谷町史」)とあって、ここにも土偶が登場しました。先の記述と創建年代が合いませんが、伝説ですからまあ詮索は後にしておきましょう。

 

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