小田城跡再訪 (茨城県つくば市)

2001年4月23日の本欄では,「国指定史跡小田城跡」を訪問しています。この史跡は一昨年復元整備が終わり公開されています。今回は,復元整備の終わった史跡再訪と,まだ「常陸小田駅」のあった頃のご紹介です。

小田城については,こちらのサイトをご覧いただくと全体像が,またこちらのサイトでは現在の様子がおわかりいただけます。

長い歴史をもつ小田城ですが,最も有名なのは,鎌倉幕府滅亡後の南北朝時代に,南朝方の重臣北畠親房がこの城により「神皇正統記」を執筆(1339年頃?)したことではないかと思います。

1987年(昭和62年)に廃止されるまで,ここには関東鉄道筑波線の「常陸小田」駅がありました。筑波線とは茨城県土浦市の「土浦駅」から同県西茨城郡岩瀬町(現・桜川市)の「岩瀬駅」を結んでいた路線です。写真1は廃線の前年に撮影した「土浦駅」のホーム,写真2は同「常陸小田駅」の様子です。この路線は,廃止された跡が「つくば霞ヶ浦りんりんロード」の一部となっています。

 
写真1 筑波線土浦駅(1986年撮影) 写真2 筑波線常陸小田駅(1986年撮影)

写真3は、筑波山を背景にした筑波線の車両です。そして,写真4はその頃の小田城跡です。この線路は,小田城跡の中央付近を通っていたため,復元されたあとでは,大きく小田城跡を迂回して「つくば霞ヶ浦りんりんロード」となっています。

 
写真3 小田城跡付近の筑波線車両(1986年撮影) 写真4 小田城跡(1986年撮影)

さて,現在の小田城跡です。

 
写真5 小田の町並み(2017年9月21日撮影) 写真6 五輪塔の集積(2017年9月21日撮影) 

写真5は小田の国道125号線「小田十字路」と同「北条新田」間の東を走る旧道です。中央の看板を左折すると「小田城跡歴史ひろば」に行きます。先のリンク先にも【※小田城跡歴史ひろばの場所が分かりにくく,大変御迷惑をおかけしております。】とあるように,ここにたどり着くまで少し迷いました。

「小田城跡歴史ひろば」には,案内所建物があります。中には「歴史絵巻風展示」と「小田城跡出土品展示」があります。無料ですが,訪問当日は平日だったからか誰もおられませんでした。

写真6は「三村山極楽寺」跡から散乱して出土したものを集めたと,以前訪問したときには説明板があったのですが,今回は特にないようでした。この写真の右側の道路(「つくば霞ヶ浦りんりんロード」の一部)をまっすぐ行くと復元された小田城跡に着きます。ぐるっと土塁を半周したところが,写真7の眺めです。小田氏時代の大手口と考えられているところです。

 
写真7 小田城跡の碑と木橋のある大手口(2017年9月21日撮影) 

中に入ってみます。周囲を土塁に囲まれていますが,中は平坦で,建物跡なども埋め戻されています。一カ所だけ四阿(あずまや)ふうの休憩所があります(動画参照)。筑波山が近くにみえます。にもかかわらず平城としたのは,筑波山が神聖であったからなのかなと考えてしまいます。

 
写真8 小田城跡の説明板(2017年9月21日撮影) 写真9 土塁越しに見える筑波山(2017年9月21日撮影) 

最後に,ぐるっと一回りして,土塁の中を動画撮影してみました。

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