龍ヶ崎市歴史民俗資料館

今回は、将門を少し離れて見ました。
龍ヶ崎市文化会館の西側、県道土浦竜ケ崎線をはさんで「龍ヶ崎市歴史民俗資料館」があります(写真の季節は夏です)。

写真1 龍ヶ崎市歴史民俗資料館

館内の展示物は、写真撮影ができませんので、屋外の展示物をご紹介します。
まず目につくのが、よく整備されたSLの姿です。関東鉄道龍ヶ崎線で、昭和40年まで現役であった4号機関車です。

写真2 4号機関車1 

写真3 4号機関車2

関東鉄道龍ヶ崎線は、常磐線佐貫駅に隣接する駅で接続し、龍ヶ崎駅までの4.5kmを走る鉄道です。
この路線は、明治31年発足の龍崎馬車鉄道株式会社に起源をもち、すぐに蒸気機関車使用の軽便鉄道に計画変更となり、明治33年8月14日から営業が開始されました。昭和18年には戦時企業統合政策によって鹿島参宮鉄道株式会社へ事業が譲渡され、昭和40年同社と常総筑波鉄道株式会社の合併によって関東鉄道株式会社となり、現在に至っています。(この文、同資料館特別展パンフレット「関東鉄道龍ヶ崎線の歴史」(平成10年2月1日)によりました)
この4号機関車は【対象4年7月、川崎造船所兵庫工場製造のC形タンク機関車】(同書)で、昭和40年12月ディーゼル機関車導入とともに現役を退き、同46年廃車となりました。廃車後は沖縄県久米島に売却されたが、市民が交渉の末戻されたということです。
(同僚の5号機関車については、ここで触れています。)

写真4 4号機関車3

写真5 煙管

さて、ご存知のように蒸気機関車は石炭を焚いて水を水蒸気に替え、そのエネルギーで動くのですが、水を水蒸気に変えるため、細い管(煙管)が数多く火室の中を走っています。近寄って正面の蓋をそっと開けたらあいたので、中まで覗いてきました(写真5)。きれいに保存されていて、好感が持てました。

写真6、7のように運転席も足周りもよく整備されています。

写真6 運転席

写真7 動輪


また、写真8のような建物もあります。左は「まで屋」といって、農具を納める建物だそうです。旧稲敷地方や、利根川をはさんだ千葉県北部でそのように呼ばれていると説明板には書いてあります。
写真9は、写真8右側の建物で、赤いポストや「塩」の看板など、なんとなく懐かしい感じです。

写真8 まで屋(左)

写真9 商家の復元家屋

もしかするとここも内部の写真撮影はいけないのかもしれませんが、禁止の掲示などはないようなので懐かしいので記録してきました。

写真10 商家の内部

写真10左側には、黒いダイヤル式の電話機があります。右側写真の奥にはかき氷製造機があります。特に年代を限った展示ではないようですが、全体としてレトロな感じを漂わせています。
「まで屋」の中の農機具や、こうした日常的な品物は散逸してしまうともうわからなくなってしまいますが、最近いろいろな場所で収集展示が行われています。わが守谷市にはありませんが(残念)。

このほか、屋外展示としては、水車小屋などもあります。この日も水車が回っていました。

写真11 映画館のポスター

また、写真9商家の外側に写真11のような映画ポスターがありました。ちょっと調べてみました。

最上段は「黄金の銃座」主演、ローリイ・カルハウン、とあります。
1955年(昭和30年)公開の映画で、原題が「The Treasure of Pancho Villa」でわかるように、メキシコ革命を題材にした活劇です。主演の名前は、今ではロリー・カルホーンと表記されます。よく西部劇に出ていましたので、私も知っていましたが、この映画は見ていません。

中央「ターザンと巨象の襲撃」は1953年製作ですが公開は55年で上と同じです。無数にあるターザン映画の1本です。主演のレックス・パーカーは10代目のターザン役者だそうです。
このころよくターザン映画を見たのであるいは、と思いますが記憶がありません。

「極北の怒り」は、題名からの印象とは異なり、アラスカに実際に起った遭難記に基いたドキュメンタリーで、映画は主人公が北極圏に発生した疫病救済のため飛行中に氷原に墜落してから生還するまでの苦難を描いているものだそうです。日本語解説は宇野重吉が担当したそうなので興味があります。1949年作品ですが、これも55年公開です。

こうしてみると、昭和30年の暮れに日本公開された映画ですから、このポスターの時期はそれ以降、昭和31年以降ということになります。

昭和30年代というのは、最も昭和らしかった頃(当然戦後としてですが)として、最近いろいろなところでお目にかかるようになりました。東京タワー着工が昭和32年です。
                                







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