東漸寺と三仏堂再訪(茨城県取手市)

新四国八十八カ所相馬霊場(茨城県取手市・千葉県我孫子市・柏市)その2

本欄は、平将門の話題を中心に据えていますが、ときに違う事もあります。

と言う事で、今回は仁王門の保存修理が終わった取手市の東漸寺と、開帳されて仏様が拝見できる三仏堂を訪ねました。三仏堂はこちらで一度訪ねています。しかしこのときは、仏様にお会いしませんでしたし、新四国八十八か所相馬霊場もお参りしませんでした。

東漸寺については、このページで予告済みでした。取手市のホームページに2010年3月末で保存修理が終わるとあったので、もういいだろうと訪ねました。

東漸寺入口 入口より山門を見る

写真1 東漸寺入口

写真2 入口より仁王門を見る

私は初めて来たのですが、取手市のホームページの写真などを見ると、どうも茅葺屋根は近年トタンなどで覆われていたように見えます。

最初に、仁王門と観音堂の説明を案内板から引用します。

【市指定文化財   観音堂・仁王門
この堂宇は、寛文七年(一六六七)に創建されたもので、屋根は寄棟造りで向拝をつけ、木鼻(引用者注:木端ともあらわされる。「木の端」の意味)の型式は室町時代末期から江戸時代初期の雰囲気を止めている。
仁王門は、元禄三年(一六九〇)吉田村の清左衛門と称する篤信家の寄進によるものと伝えられ、単層八脚門となっており、市内唯一の建造物である。(つづく)】

仁王門正面 仁王門内面

写真3 仁王門正面

写真4 仁王門内面

(つづき)【観音堂には、聖僧行基の作と伝えられる観世音菩薩像が安置されており、家運隆昌、除災招福、特に馬の息災には霊験著しい尊像として古くから敬信を集めている。陰暦七月十日の縁日は俗に万燈といわれ、近郷近在の信者が境内をうずめ稀にみる賑わいを呈したものである。
昔乗馬のままお堂の前を通ると、落馬すると言われた為お堂と道路の中間に銀杏を植樹して見えないようにしたという。今に残る「目隠し銀杏」がそれである。
昭和五十六年二月 指定  取手市教育委員会】

仁王門側面 目隠し銀杏?

写真5 仁王門側面

写真6 目隠し銀杏?

仁王門ですから、仁王様にも登場していただきましょう。

仁王像@ 仁王像A

写真7 仁王像@

写真8 仁王像A

引用文に出てくる観音堂(写真7)については、こんなページもあります。(観音堂修理に関する他のページは私のもう一つのウェブ上にある「技術士のひとりごと」のリンク先をご覧ください)

観音堂 本堂

写真9 観音堂

写真10 本堂

この日は雨であったので、境内全体がかなり良い趣でした(写真8)。

鐘楼と境内

写真11 鐘楼と境内

さて写真11の右手に背の低い石塔が見えます。文字が読めるように明るくしてみたのが写真12です。ここに新四国八十八カ所相馬霊場の第71番(写真13)がありました。写真11のちょうど中央にある小さな建物です。

四国七十一番碑 新四国八十八カ所相馬霊場第71番

写真12 四国七十一番碑

写真13 新四国八十八カ所相馬霊場第71番

さて、冒頭にも書きましたが、取手市米ノ井にある国指定重要文化財龍禅寺三仏堂(写真14)は、このシリーズ最初のころに訪問しました。これがそのサイトです。こちらは近くの桔梗塚とともに平将門伝説とはかなり深い関係があります。

東漸寺を訪問したのが2010年4月27日ですが、同年5月9日に三仏堂前を通りかかりましたら、御開帳されており、仏様にお会いすることが出来ました。

三仏堂 三体の仏様

写真14 三仏堂

写真15 三体の仏様

写真15の仏様は、右から釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩だそうです。成仏の時期に沿って順に、過去・現在・未来を象徴し、我々が常に仏様に守っていただいていることを意味する、と、頂いてきた説明書きにありました。

新四国四拾七番碑 新四国八十八カ所相馬霊場第47番

写真16 新四国四拾七番碑

写真17 新四国八十八カ所相馬霊場第47番

この龍禅寺境内にも写真16のような碑があります。「新四国四拾七番」と彫ってあります。そのお堂が写真17です。

というわけで、今回は新四国八十八カ所相馬霊場を2か所巡ることが出来ました。

しかし、このペースでは、全部巡り終えるのはいつになりますやら。

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